上市川流路変遷物語
　　（りゅうろ　へんせん　ものがたり）

上市川は昔は早乙女川（さおとめがわ）と呼ばれ、ときには眼目川（さっかがわ）とも呼ばれていた。大部分は立派な水田になっていたが、多くに農民が早乙女川の氾濫（はんらん）に苦しめられてきた。　一定の流れをもたない川は、大雨のたびに、右に、左にと流れを変えていた。しかし、土木技術の発達していなかったころは、ただ自然のなすがままに流れを見守るしかなかった。

江戸時代の前期「延宝」のころ、正印村光顕寺の近くの字門の前の屋敷で、正印次郎兵衛は生まれた。　当時、彼の家は、豪農（ごうのう）で、周りを大きな“かいにゅう”に囲まれた壮大な屋敷であったという。母は、加賀四代藩主前田光高公の乳母であったとも伝えられている。

彼はやがて新川十三組筆頭十村に任命され、郡内の指導に力を注いでいたといわれる。その次郎兵衛が日ごろ、気にかけていた仕事の一つに、早乙女川の改修工事があった。そのころの早乙女川は、やっかいなあばれ川で、当時の流路は、丸山台地の下を通り、湯上野、大坪、法音寺、正印、川原田方向に流れて白岩川に合流ししていた。

延宝4年（1676年）、降りしきる大雨に、また早乙女川の大洪水が発生した。その濁流（だくりゅう）は、見る間に田畑を流し、次第に右に転じ、ついに白岩川との合流をやめて「郷川」と合流して流れ出した。（これは、現在の流れと同じである。）

この洪水によって上市村の草高１，６８７石が半減し、農家に大きな損害と不安を与えた。そして洪水が引いた後に、この流れをもとのように白岩川に戻そうとする人たちと、自然のままの今の流れでよいとする人たちの間に｢川受け騒動（かわうけそうどう）｣が起こったのである。

川はなくてはならないものであるが、大雨ごとに流れを変えていく現状に、かなり困っていた。次郎兵衛は、これを機に早乙女川の流れを今のまま、つまり郷川と合わせて流すことに腹を決めた。

①	彼は、被害の一番大きかった野島村の人々を広野台地に移動させ、極楽寺と北島との間に新しい堤防を築くことにした。　　その堤防とは、１本の堤防を２つに切ったものである。　大洪水のときには、川にあふれた濁流は、２つに分かれた堤防の間から逆流して外へ流れるようにしたものである。　一般には｢霞（かすみ）堤」と呼ばれるものであり、あるいは「二重堤」とも呼ばれている。

②	早乙女川の水路が白岩川と郷川のどちらに近いかを測定し、近いほうに川を流すことに決めた。流路を測る当日は、白岩川と郷川沿岸の村から代表１名ずつが選ばれた。　2人の代表は、早乙女川の扇頂部から同時に出発し、川の合流点で再び出発点に戻る時間を測らせた．その結果、早かったほうが距離が短いので、その方向に流れることにしたのである。

この結果、「郷川」のほうが近いことが分かったので、今のままの川道を作ることにした。しかし、いろいろ異議や反対側の人々の申し出もあって、裁きを「魚津町奉行所」に依頼した。奉行所は、白岩川・郷川両派の代表の出頭を命じた。

次郎兵衛は、命じられた日の決まった時刻に白岩川方の代表を出頭させたが、郷川方は現れなかったので、町奉行所は白岩川方の勝訴とした。ただ、郷川方は、次郎兵衛たちが奉行所を出たときに早馬で駆けつけ、遅れてきたことをあやまったとも言われるし、一説には、最後まで姿を見せなかったとも言われている。
これによって、次郎兵衛は、郷川への合流の仕事を始めた。　次郎兵衛方はうまくいったことになるが、これには次郎兵衛の大きな策略があったといわれる。

選手に選ばれた白岩川の代表には、次郎兵衛はゆっくりと歩くことをさせていたということである。今、5万分の一の地図で合流点までの距離を測ってみると、白岩川のほうが距離的には少し短いように思われる。

このような実情だったとすれば、早乙女川は郷川との合流をやめて、以前のように白岩川に合流していたはずであり、川の風物詩も今とはずいぶん違っていただろうし、人々の生活も異なっていたことは確かである。

三杉園記に
	此時眼目川下流、自極楽寺南経湯上野稗田諸村西会白岩川、年々洪水、堤防破壊、田地流亡、村民大困、時之里正正印村甚兵衛（次郎兵衛の誤りならん）規水勢之不可止、更開水路北流、上市川即是也。先是上市田地千六百八十七石、至是僅存五百五十二石・・・（守拙道人、鼻谷寛記）

と記している。
その後、次郎兵衛は、極楽寺村の三丁山を開き、権現堂霊験物語などにも記されているが、湯神子村の飛地開拓、その他近隣に多くの仕事を残している。特に、白岩川から郷川に川道をつけかえたので、白岩川筋の村々は洪水から逃れるようになったのだが、このため上市村（町）は常に洪水の危険におびえるようになった。
	元禄14年（1701年）	享保元年（1716年）
	宝暦　5年（1755年）	天明8年（1788年）
	明治25年（1892年）	明治29年（1896年）

にも洪水が起きているが、特に天明8年の大洪水は、今の石浦町、神明町、松和町に大被害を与えた。そして、この後三本杉にあった神明神社は現在の地へ遷座したのである。

昭和に入ってからも43年までに11回洪水が起きている。
特に、44年8月には、
11日には千石地区で1日の雨量、３４１ｍｍ
7日から11日までの降雨量は、上市川ダムで４９１ｍｍ。千石で６１２ｍｍ、馬場島発電所で773mmに達し、上市川、郷川、栃津川はもちろん、谷も小川も一瞬にして濁流にのみこまれ､堤防を乗り越え､橋や道路を流出し､家屋の浸水倒壊・・・
収穫寸前の美田も一瞬にして川原と化した。特に山間部は山々の立木を失い、田を流し､交通は杜絶して孤立化し､家の崩壊等自然のもういに手のほどこしようもなく、ただ呆然として自失するのみであった．

一応の被害総計は、36億円以上と言われている。
釈泉寺橋のたもとにあった茶屋。ここを通る人々はここで腰をおろし､お茶やラムネ、駄菓子、あるいは家庭用品を買ったものである。しかし、暴れ狂う大洪水は茶屋そのものを飲み込んで濁流の中へ押し流してしまい､今では、そこに茶屋のあったことも忘れられている。

（「文芸かみいち」第3号２０００より）